「個人セッション」は、月~水の13-22時木~日の12-16時
事前にご予約をいただいて承っております。(「電話・Skypeセッション」も同様です。)
「カフェタイム・セッション」は、通常は予約不要ですが
当面の間は混雑をさけるため、事前に電話・メールでのご予約をお薦めします。

人間について/3月27日(木)『スピリチュアル・チャーチ』@池ノ上ボブテイル/4月20日(日)『スピリチュアル・チャーチ復活祭通信』

山影青生の個人セッションご予約・ご要望は【a3kaku@gmail.com】まで。
人間は、肉体だけの存在ではありません。
現在はそのことを多くの方が知っている時代です。

では、人間が肉体をまとっている間の世界だけが
相対的な時間があって有限であり、
肉体を「脱皮」した世界では
人間は永遠を生きているのだということを
どれだけの方がご存知でしょうか?

人間は、肉体だけの存在ではありません。
大まかに表現しても
<霊>-<魂>-<永遠のパーソナリティー>-
<現在のパーソナリティー>-<霊体>-<幽体>-<肉体>
という、多重的な要素を同時にもって生きています。

簡単に説明すると次のような感じです。

<霊>-生命の主
<魂>-人間として個別化された自己認識
<永遠のパーソナリティー>-転生を超越した自分
<現在のパーソナリティー>-今生における相対的な自分(思考形態の総合計)
<霊体>-(今生での)精神の体
<幽体>-(今生での)感情の体
<肉体>-(今生での)物質の体

肉体を脱皮した後に続く人生を含めて人間を見ると
肉体をまとっている期間はとても限られていて
ほんの短いものです。


3月27日(木) 19:30~21:00くらい
第4木曜『スピリチュアル・チャーチ』@池ノ上ボブテイル
【おはなし と ミディアムシップのデモンストレーション】
参加費:1,000円(ご予約不要、途中入場OK!)
永遠の世界での生活がはじまる前に、「となりの世界」との交差点で話をしよう。
17時OPENなので、お茶やお食事しつつのご参加もオススメですよ

出演:山影英明(霊媒)
会場:池ノ上ボブテイル(世田谷区代沢2-45-9飛田ビルB1F)

20140327木4スピリチュアル・チャーチ



4月20日(日) 15:00~17:00くらい (14:30開場)
『スピリチュアル・チャーチ 復活祭通信』@池ノ上ボブテイル
【おはなし+α と ミディアムシップのデモンストレーション】
参加費:1,500円(ご予約不要、途中入場OK!)
復活祭くらい、「となりの世界」の話をしよう!
終了後は通常のカフェ営業なので、引き続きごゆっくりどうぞ!


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「個人セッション」は、月~水の13-22時木~日の12-16時
事前にご予約をいただいて承っております。(「電話・Skypeセッション」も同様です。)
「カフェタイム・セッション」は、通常は予約不要ですが
当面の間は混雑をさけるため、事前に電話・メールでのご予約をお薦めします。

「主の祈り」の智恵に従って生きれば、人間は悩みなく生きられる!(覚書)

山影青生の個人セッションご予約・ご要望は【a3kaku@gmail.com】まで。
「主の祈り」(Lord's Prayer)は
新約聖書(マタイ 6:5-15)で
イエス・キリストが父である神に祈る方法として
紹介している祈りです。

キリスト教の教会ではもちろん
スピリチュアリスト・チャーチでも
お祈りに使ったりします。


「主の祈り」の一節を
僕は座右の銘としていて
心の中で一節だけをよく唱えています。

あるとき、いつものように唱えてみると
一節のことだけでなく
「主の祈り」全体で伝えられていることが
連なるようにわかってきて
人間が悩みなく生きるための大切な智恵が
含まれていると感じました。


これは「主の祈り」に
秘められた智恵の一面に
すぎないかもしれませんが
覚書を兼ねてご紹介します。

「主の祈り」の考えに
完全に従って生きることができれば
人間は悩み(=怖れ/不安、心配、怒り、悲しみ)なく
生きることができるはずです!

:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:

「主の祈り」の
日本語訳にも英語訳にも
共通する「智恵」について
わかりやすい大事なポイントだけ
覚書していきます!

・御心が行われますように
→すべては父なる神さま(大霊)の計画どおりです! おまかせするだけで全部OK!
 何が最善かご存知で、最善を与えてくださいます!
 怖れたり、心配することは、最善のものが成就する妨げになります。 
 信頼して、すべてを委ねて、おまかせしてしまいましょう!

・日ごとの糧を今日もお与えください
→今日一日のことだけ考えよう!
 今日、必用なものはちゃんと与えられます!
 明日のことや昨日のことで、思い煩うなかれ!

・私たちの罪をお許しください。私たちも人を許します。
→「罪」(思い、言葉、行動、怠りなどが生み出す非ポジティブな存在)を
 帳消しにできるのは神さまだけ。
 自分の「罪」は悔い改めよう(ポジティブな存在で入れ替えよう!)。
 →やり方については「過去記事:裸の王子ちゃま(日々の内省より)」
 私たちは「人」を「罪」(非ポジティブな存在が集まってできた存在=エゴイズム)とを
 同一視しないようにしよう!


以上の3点に従って一日一日を生きるだけでも
自分自身の悩みやエゴイズム(怖れに基づいた考え)は
ほとんどなくなってしまうはずです!
疲れや体調不良もなくなります!


御心がなされますように!


「個人セッション」は、月~水の13-22時木~日の12-16時
事前にご予約をいただいて承っております。(「電話・Skypeセッション」も同様です。)
「カフェタイム・セッション」は、通常は予約不要ですが
当面の間は混雑をさけるため、事前に電話・メールでのご予約をお薦めします。

私は親よりも幸せになっていい!(日々の内省より)

山影青生の個人セッションご予約・ご要望は【a3kaku@gmail.com】まで。
「私は親よりも幸せになっていい!」

心の中でつぶやいてみただけで
僕は罪悪感のような居心地の悪さを
胸に感じます。

「私は親よりも幸せになっていい!」

みなさんの中にも
似たような感じがしてしまう方は
いらっしゃるでしょうか?


いつも僕の母親は
「あんたが困らないように言ってるのよ」
「あんたのためなんだから」と
言葉は不器用であったにせよ
僕の幸せを一番に考えてくれていたはずです。

「僕が親よりも幸せになること」
なによりも「親の願いそのもの」であるはずなのに
どうして違和感を感じてしまうのでしょう?



人間は環境によって作られる生き物と言われます。
生まれた環境や、子ども時代をすごした環境で
人格の90パーセントが作られる
とも言われています。

環境に依存して生きるしかなかった
非力な子ども時代に
無意識のうちに刷り込まれた印象は
当たり前の「常識」であるかのように繰り返され
いつのまにか固定化してしまいます。

実際は90パーセントほどが
それぞれの生まれ育った環境によって作られた
「先入観」「思い込み」なのですが、
それが「常識」「共通認識」であると
錯覚しているケースもよくある話です。

そのため、「常識」の不一致から
夫婦関係や人間関係がうまくいかなくなることがあるのは
みなさんも経験上、おわかりになるでしょう。


人間は自分の「先入観」「思い込み」
そぐわない出来事に遭遇したとき、
肉体や感情に違和感を感じます。

つまり、僕の場合には
「『私は親よりも幸せになっていい!』
なんて、とんでもない!」

という「常識」がいつのまにか刷り込まれていたのです。



僕は「日々の内省」を通して、
自分のエゴイズムの特徴には
「周囲をコントロールしたがる」傾向がある
ということを知っていました。
(→過去記事:「裸の王子ちゃま(日々の内省より)」)

最近になって、その根源は
「コントロールしたがる母親」と過ごした幼少期の環境に
大部分があるのではないかと考えています。


僕の母親は、時代背景や地域の性質などの影響もあって
世間や周囲の人々を信頼できないまま
生まれ育ってきたようです。

そして、大人になってからも
その「常識」を証明するかのような
特殊な環境を作って、頑なに生き続けてきました。

世間や周囲の人々を
信頼できない不安定なものであると信じていると、
周囲のすべてをコントロールしていないと
安心できない傾向が強くなるようです。


母親はまるで自分自身の延長であるかのように
最も身近な存在であった僕のことを
扱っていました。

そのため、母親の気持ちの中では
「(私と)あんたのために」という思いが
区別できないままに
いつもあったのではないでしょうか。

子どもだった僕は
「(私と)あんたは(一緒に)幸せにならなければいけない」
というメッセージを知らず知らずのうちに
繰り返し受け取っていたのだと思います。

そして、物心がついた頃には
得体の知れない気持ち悪い感覚から逃れるように
反発ばかりをしていました。



恥ずかしながら僕は、最近になってようやく
親から受け継いだ思い込みを
自分自身の考えであるかのように信じていることが
あまりにも多いと気づきはじめました。

自分と親が別のパーソナリティであることは
頭ではとっくにわかっていたはずでした。

それでも、子どもの頃からの思い込みは根深いようで
「親よりも幸せになっていい!」というアイデアは
まだ僕にとって居心地の悪いものです。


僕は何が好きなのか。
どんなことが楽しいのか。
どんなことがしたいのか。
それは本当に僕自身なのか?

僕はようやく
自分自身の考えで、自分自身の気持ちで、自分自身の行動を選択しようと
ヨチヨチ歩きをはじめたのかもしれません。






「個人セッション」は、月~水の13-22時木~日の12-16時
事前にご予約をいただいて承っております。(「電話・Skypeセッション」も同様です。)
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「霊」はみんな私たちの仲間?当然です!

山影青生の個人セッションご予約・ご要望は【a3kaku@gmail.com】まで。
肉体を失った後の存在を
日本では一般的に「霊」とよんでいます。

日本的な「霊」という言葉のイメージから
怖く感じたり、気味悪く思われたりなど
現在はまだいろいろと誤解もありますが

この「霊」とよばれる
肉体を失った後の存在には
大きく分けて、2つの段階があります。



ひとつは、
第一の死(肉体の死)の次に行く
感情界(幽界)という世界でおもに生きている
「感情体」と「精神体」の2つの体を
持っている段階。

お身内の霊で死後間もない方や
死後の世界の存在を知らないまま肉体を脱ぎ去った方は
たいていがコチラだと思います。

よく未浄化霊、自縛霊とよばれる重い霊も
意識レベルの低い階層にいるだけで
同じくコチラにあたります。


もうひとつは、
第二の死(感情体の死)の次に行く
精神界(霊界)という世界でおもに生きている
「精神体」という1つの体だけを
持っている段階。

お身内やご先祖の霊はたいてい
こちらのいずれかの階層にいらっしゃいます。

指導霊やスピリットガイドなどとよばれる存在や
ドアキーパーなどの役割をする存在は
同じくコチラでも意識レベルの高い階層にいます。
中には霊界よりももっと高次の領域から
降りてこられる存在もあります。

最も低い階層にはいわゆる「地獄」と呼ばれるような
ところもあるそうです。


そして、第三の死(精神体の死)の次に
また肉体を持って転生したり、しないで次に進んだり
ということになるようです。



では、私たち肉体を持って生きている人間は
どんな存在でしょうか?

私たちも、先ほどの2つの段階にある存在も
本質は原因の世界に存在している
魂(霊-魂)です。

その上で、私たちは
「肉体」「感情体」「精神体」の3つの体を持って
物質界という世界でおもに生きている存在です。

「おもに物質界で生きている」というのは
実際には私たちは
物質界・感情界(幽界)・精神界(霊界)という3つの現象の世界で
それぞれの乗り物(体)を使って
同時に生きているからです。
(かつ、本質は原因の世界に存在する魂(霊-魂)です)



肉体以外の体をとくに意識することができるのが
私たちが夜に眠っているときです。

肉体が眠っているとき
私たちは
感情体・精神体の2つの体を使って
感情界(幽界)を訪れることがあります。

眠っているときに見ている夢の一部は
このときの感情界(幽界)での体験です。

眠っているときには誰でも
第一の死を迎えた人が生きている感情界(幽界)を
一時的に旅しているといえます。

ですから、
夢の中で意識的に行動できる人は
肉体を失った後も感情界(幽界)でほとんど迷うことなく
行動することができます。
夢は第一の死の予行演習といえるかも知れません!



ここまで話を進めてきて
私たち肉体を持った存在も
肉体を脱ぎ去った存在も
多くの点で似ていることがわかったと思います。

面識がある年代のお身内の霊であれば
「感情体」「精神体」の2つを持った魂(霊-魂)
もしくは、「感情体」を纏って近づいてきてくれる
「精神体」のみを持った魂(霊-魂)です。

ですから、人間らしい気持ちや考えを
持っているのが普通です。

性格や価値観、信念などの思考パターンは
本人が自己意識に目覚めようとしなければ
変わることはありません。

私たちが物質界で勉強をしているのと同じように
感情界(幽界)や精神界(霊界)でおもに生きている存在たちも
混じり気のない感情、混じり気のない思考を得るために
勉強をしています。

私たちも感情体・精神体を持っているのは同じなので
肉体を持たない人間たちと
コミュニケーションが取れるのも道理ですね!



私たちは3つの世界を順番に生き
それを繰り返しながら
肉体でも、感情でも、思考でもない
純粋な自分自身を見つけていきます。

生きている世界がちょっぴり違うだけで
目指しているゴールはみんな同じです。

肉体を持っていようが、持っていまいが
さまざまな意識レベルの存在が
お互いに交流をしながら
協力してゴールを目指しているのです!

そういう視点で見てみると
どんな「霊」もみんな
仲間であることに変わりがないとわかります!



3つの体のことが
自分自身で確認できていない方には
もしかすると信じられない話かもしれません!

ですが、よろしければ
「これって本当かも?」という目で
世界を見ながら生きてみてください。

生きるのがどんどん楽しくなってきますよ!!

「個人セッション」は、月~水の13-22時木~日の12-16時
事前にご予約をいただいて承っております。(「電話・Skypeセッション」も同様です。)
「カフェタイム・セッション」は、通常は予約不要ですが
当面の間は混雑をさけるため、事前に電話・メールでのご予約をお薦めします。

裸の王子ちゃま(日々の内省より)

山影青生の個人セッションご予約・ご要望は【a3kaku@gmail.com】まで。
今回はダスカロスの教えに基づいたお話です。

ダスカロスの本を読んだことのない人には
もしかすると「ハテナ?」な部分もあるかもしれませんが
基本概念の説明などは素っ飛ばして
山影の個人的なメモといった感覚で書いていきます。



ダスカロスは夜眠る前の「内省(自己分析)」が
効果的だと薦めています。

眠る前にエレメンタルが戻ってくるところを仕分けして
ネガティブなエレメンタルを
ポジティブなエレメンタルに置き換えたりするわけですが。

僕の生活リズムだと夜は時間の余裕がないので
日常生活の中で感情を「観察」し
変化を感じたらなるべくすぐに「分析」することで
内省の代わりとしています。

犯人が現場に戻ってくるところを捕まえるのが内省だとすれば
現行犯で捕まえて、その場で尋問する、みたいな感じです。
(内省は、実際には「視覚化」のエクササイズも兼ねていますけどね)



たとえば電車の中で。

「貧乏ゆすりのひどい人が気になる」(目障り)
「音もれしている音楽が耳につく」(耳障り)
→カチンとくる!(怒り)

という感情の変化があったとします。

そこで、
「なぜこんなことに、怒りを感じるのか?」
「なぜこんなことに、嫌悪感を感じるのか?」
と捕まえてみるわけです。

分析していくと、
「他人の行動を含めて、周囲の状況をコントロールしていたい」
という支配欲(エゴイズムの一形態)と
自分が同調していたことに気がつきます。

そして、時間があれば。
同じ状況で平然としている場面をイメージして
余裕のある心地よいフィーリングを感じます。
(思考由来エレメンタルに置き換え)



また、いろいろ飛躍しているように感じるかもしれませんが
さらにこんな感じで掘り下げてみたりします。

他人の行動をコントロールすることはできない。
こんなことで貴重なマインド素材を浪費しても仕方ない。
→自分がコントロールできるものは周りには何もない?
→半径3mではどう? 1mでは? 30cmでは? 1cmでは?
→肉体すら自分の持ち物ではない?
→支配しようとしなくても、好意で与えられる。恩恵。
肉体も、周囲のすべてがそう。神聖なる計画を信頼すればいいだけ。

だとすれば、途方もない無限ともいえる目まぐるしい愛の洪水。
目の当たりにして、圧倒されそう。
→好意と恩恵以外のものは存在しないのではないかという、実感のようなもの!
→好意と恩恵の世界だから、怒りも恐怖も不安も心配も、幻にすぎない。
人はプレゼントがあまりにも多すぎるばかりに、絶対存在の愛が偉大すぎるばかりに、
全体像が見えずに混乱しているだけなのかも知れない。

感謝して受け取り、利用させてもらうだけ。
なぜそれをさせてもらえているの?
→大天使たちがメイドのように三つの宮殿の世話をしてくれ、
御父様が何でも必要と思われるものを与えてくださる。
守護大天使は家庭教師のように僕を導いてくれている。
→何も持っていないし、何も知らないけど、きっと価値がある存在。
「裸の王子ちゃま」が僕なのかも知れない!


などと、遊んでみるわけです。


それでは、「裸の王子ちゃま」である僕は
何のために生きているのか?


私は何のために生きているのか?
ハリー・ランバート
ナチュラルスピリット